日曜日, 1月 28, 2007

北海道・時計まわり2

注・2005年9月の記憶をのんびりと掘り起こしています。



元は足を骨折したときのリハビリで始めた自転車でした。足首に負担をかけず長時間有酸素運動ができるのは自転車ぐらいなので、その時は山に行けない腹いせに漕ぎまくりました。やがて足が治り山に登れるようになると近場の山や岩場に行くときは積極的に自転車で行くようになります。遠くまで行けるのが分かると今度は毎回家に帰らなくてはならないのが面倒になってくる。進んだら進んだ分だけ戻る。いくら走ってもこれは変わらないルールです。でもツーリングのいいところは、進んだら進んだだけでいい、というところ。どんどん走って、疲れたらそこで夜を明かす。それが毎日毎日続いて行く。帰りのことを心配しなくていい、その単純さがたまらなく好きです。

準備期間はわずか10日間。自転車もなければパニヤバッグもない状態からはじめ、すべて揃ったのが出発の3日前でした。急いで調整をし、苫小牧の郵便局へ荷物を送り、9月4日に大洗からのフェリーへ乗り込みました。フェリーの甲板から闇夜に大洗の明かりが沈んでくのを眺めていると、これでしばらくは楽だなぁ、という気がしました。出発までが忙しいのはいつものこと。出てしまえばもうあとは楽なものです。風呂に入り(フェリーはこれがいい)ビールを空けて大部屋の端でおっさんのいびきに耐えて眠りにつきました。






大洗から苫小牧へ /Pentax istDS DA40mm Limited/


始まりは苫小牧から。
苫小牧に近づくにつれて高気圧帯に入り、翌朝は気持ちの良い快晴となりました。空気が程よく乾燥し気温も適温。初めて訪れた日本の北国に心が躍る。フェリーターミナルで自転車を組み、まずは郵便局へ。局留めで送っておいた荷物を受け取り、パッキングを済ましたらいよいよスタート。

しかし、これがまた重い。山で働いていたので決して運動不足ではないですが明らかに重い。緩やかな坂道の国道267号線を北へ走り始めました。キャンプ場の手前では、稚内から旭川を通り南下を続けているという外国人チャリダーに会いました。使い込んだ自転車には僕の1/4ぐらいの荷物がラフにくくりつけてあるだけで、とても身軽そうでした。白い麻のシャツを風になびかせて颯爽と彼は走り去って行きました。荷物の多さが少し恥ずかしくあったのだけど、今思うと彼はキャンプ道具などは持っていなかったのでしょう。北海道はライダーハウスなど安い(時にはタダの)宿泊所があるので、あんなスタイルもいいかも知れません。
この日はあまり距離を稼がず支笏湖畔で終了です。






羊蹄山の森 /Pentax istDS DA40mm Limited/


翌日は倶知安まで。尻別岳の脇を通り羊蹄山の北を回り込んで辿りつきました。できるだけ山にも登るというつもりだったので旭ヶ丘キャンプ場に3日間滞在しました。しかし台風の直撃や山の天候回復の遅れなどで計画は進まず、羊蹄山は登ることができませんでした。8合目辺りにある避難小屋で午後3時に天候待ちをしていたら小屋の爺さんにさっさと降りろと怒られてしまいました。まあ、当然といえば当然です。天気の周期と山に登る日を合わせることも考慮に入れて自転車を漕がないといけないことを実感しました。あまり倶知安にいるのも何なので快晴のなか登れなかった羊蹄山に見送られるように出発しました。鈴木宗男の気合の入った演説を街角で聞き、数ヶ月もキャンプ場で暮らしながら福祉関係の学校に通うライダーに会い、銭湯では自転車で移動しているというだけで新しいタオルをサービスされた倶知安。山は登れませんでしたが、自転車的乞食生活を楽しむことができました。




登れない羊蹄山 /Pentax istDS DA40mm Limited/


次の山は利尻岳。何百キロも先なのでしばらくは漕ぎまくります。倶知安から日本海に面した積丹半島をぐるりとまわりました。左に積丹ブルーの海を眺めながらのサイクリングは爽快そのものです。この辺りの海は本当に美しかった。神威岬を巡礼し、さらに余市まで走りました。積丹半島はそこそこアップダウンがあるのでだいぶ疲れます。170kmほど漕いだ辺りで終了。余市の海浜公園のような無料のキャンプ場に滞在しました。すぐ隣には巨大テントと立派なキャンピングテーブルを持ち込み、秋の夜長を料理と酒で楽しむOL四人組みがいました。本州では見たことのない光景だったけど、ここ北海道では普通なのでしょうか?だとしたら非常に素晴らしいことです。僕は、かなりぼろぼろの自転車で旅をするおじいさんと飯を食べ、”しっかり楽しんで帰りなさい”とアドバイスを受けました。もう5度目の北海道旅行だそうな。恐れ入りました。

木曜日, 1月 25, 2007

北海道・時計まわり 1

まず自転車について。
車輪が二つというところがとてもいいと思う。なぜなら不安定で漕いでいないと倒れてしまうから。倒れるのっていうのはあまり面白くない。足をついて倒れるのを止めるだろうけど、それもまた面白いものではない。みんな交差点の信号待ちで片足をガードレールに乗せて、青信号になるまでバランスを保った経験があるでしょう。自転車には一度漕ぎ出すと延々と漕ぎたくさせるフェロモンを出す力があるようです。異論は沢山あるでしょう。でも少なくとも僕はそんなフェロモンにすぐにやられてしまう輩なのです。車相手に3回事故を起こし、内一回は顔の半分がぼろぼろのボコボコになるような事故で、記憶もぶっ飛んでしまいなぜ自分の顔がぐちゃぐちゃなのかすら分からないぐらい。でも自転車は辞められない。なぜならあんなにエクセレントでエレガントな乗り物って他にないから。

2005年の9月にいびつな形ながら北海道をぐるりと巡ってきました。旅、というよりは自分と景色、自転車と道の傾斜のひと月に渡る四者面談のような時間でした。ゆっくりと思い出しながら書いてみようと思います。

Hokkaido Clockwise /Pentax istDS DA40mm Limited/

月曜日, 1月 22, 2007

Still Life 3



Still Life 3/Pentax istDS DA18-55mm/  

枯れ葉、Dead leaves と呼ぶにはあまりに表情豊かでした。秋田にて採取。

木曜日, 1月 18, 2007

熊野と伊勢に詣でる正月3

浜の宮大神社/Pentax istDS DA18-55mm/   

熊野三山の他にとても印象に残ったのが那智浜と補陀洛山寺・浜の宮大神社でした。
補陀洛とは『華厳経』によるとインド南端に位置するとされる浄土・ポータラカからきているそうです。ラサのポタラ宮も同じですね。そして補陀洛渡海とは、那智の浜から船出し補陀洛浄土に渡ろうとする行です。もちろん生身の人間が船に乗ります。お経を唱えながら浄土を目指すという究極の荒行。以前、大きな坪に入りそのまま埋められて、死ぬまで経を唱え続ける行のことを知りましたが、この補陀洛渡海という行は遥かにドラマチックです。さぞ人心をつかんだことでしょう。
補陀洛山寺/Ricoh GR Digital/Photo by Makiko

補陀洛山寺の木造の千手観音を見ることはできませんでしたが、境内にはかつて渚の森と呼ばれていた頃の名残である巨大な楠があり、とても良い時間を過ごしました。午前の人気のない那智の浜はとても穏やかでした。はるばる他所からこの風光明媚な土地まで徒歩で巡礼にやってきた人びとはこの浜で何を思ったのでしょうか。

何事のおはしますをば知らねどもかたじけなさの涙こぼるる

西行作といわれるこの歌を後日知りました。海の向こうに浄土があると思うこと、神社を詣でて見えない何かに想いを託すこと、山の上での一瞬の壮大な光景に心奪われること。心に湧き上がるのはみな同じ、わけも分からず”こぼるる涙”、ではないかと思います。

山中に突然現れた信じられないように美しい光景に、ああこのままいってしまってもいいなぁ、と思うことはそう少なくありません。”いく”といってもどこにいくのか分かりませんが、その瞬間だけどこかに”いって”、また帰ってきている気はします。

月曜日, 1月 15, 2007

Still Life 2


Still Life 2 /Pentax istDS 18-55mmDA/

花を撮るのは難しいです。綺麗だなぁ~と思って撮るだけじゃもの足りない。かといって意図を付けすぎると何だかいやらしいくなってしまう。特にしばらく経ってから見たときのあの恥ずかしさ。あれはとてもよろしくない。被写体におんぶされながらも、つま先でちょんちょんと体重を抜いてコントロールしてあげられる余裕がほしい。このチューリップ、何年か前に撮ったものですが、カラーの画を見ていたら段々恥ずかしくなってきたのでモノクロになりました。花は良い。でも難しい。

日曜日, 1月 14, 2007

Still Life 1

Still Life 1/Pentax istDS DA18-55mm/

モノを撮るのは独特の楽しみがあります。学生の頃、アルバイトで物撮りのアシスタントをしていた頃がありました。僕のついていた師匠は自家スタジオを持っていて、時間を気にしないでじっくりとブツを撮影していました。お昼は外にテーブルを持ち出してゆっくり昼食を取り、暗くなるころに仕上げて終了。おもしろい仕事でした。その後師匠は実業家として別分野で活躍されています。僕も別分野に漕ぎ出すところです。あの頃頑張って仕事を丸々引き継いでしまえばよかったかなぁ、なんて思うこともしばしば。置かれている状況がいかに恵まれていたか、ということは後にならないと分かってこないものなのでしょう。きっと今も何かに恵まれているはずだけれど、それがイマイチ見えてこない。感謝とかそういう気持ちと深く繋がっているテーマですね。

Still Lifeに話は戻りますが、撮られたモノが素晴らしく見える写真に置いては、何が写っているというのはあまり関係ない気がします。ただ写し撮られた物体が元々の名を失ってただそこにある、これが僕にとっての優れた静物《Still Life》です。でも広告用にそんな写真撮ったら即クビでしょうね。

熊野と伊勢に詣でる正月2

青岸寺/Pentax istDS DA18-55mm/

初日は勝浦から車で5分の湯川温泉のとある宿へ。あまり大きい宿ではないので、客を調整してそれぞれが貸切で風呂に入れるようにしてくれました。決して新しく、きれいで、広い宿ではないですが、そういったお金をかけない心使いこそ素晴らしいと思いました。少しヌルっとした軽く硫黄の香りがするお湯が心地良かったです。

翌日は熊野那智大社へ。熊野大社手前1kmぐらいの大門坂というところへ車を置き、そこから700mほどですが熊野古道を歩きました。足が折れてなければ2,3日ぐらい隠れて野宿でもしながら古道を歩きたかった。でもまだ手術してからひと月しか経っていないのでこればかりは仕方ないですね。
古道へ入る道沿いのの家々には立派な門松。あれだけ立派なら神様も迷うことなくやって来るでしょう。

大門坂の杉/Pentax istDS DA18-55mm/

大門坂から熊野大社までは大きな杉に囲まれた気持ちのよい石段の古道です。久し振りに大きな木を見て何だかほっとしました。入院したりその後はあまり外出できなかったりすると、見るものすべてが直線で構成されていて、曲線を感じる感覚が鈍るように思います。だから急に木・枝・葉という複雑な形状に360°囲まれていると、使っていなかった感覚が刺激されました。とても優しい刺激でした。

門前から境内までもさらに階段が続きます。お年寄りがフーフーいいながら登って行くのをみながら、日本人ってのは本当にお参りが好きなんだなぁ、と思いました。那智の滝へ降りてゆく石段をハイヒールを履いた女性が危なっかしい様子で歩いてゆく姿にも同じことを感じました。神道は日本の宗教である、と明文され以前に神道(アミニズムに起源をもつ戒律で縛らない宗教)的精神は日本人という人種に染み込んでいるのでしょうか。正月は思わず神社に行ってお参りしたくなってしまう人って多くないですか?それがたとえ現世の利益を願う為のお参りだとしても、見えない存在に思いを託す人々の姿はとても美しくて愛おしいものです。祈りってなんでしょうね。最近特に気になります。


水曜日, 1月 10, 2007

熊野と伊勢に詣でる正月1

伊勢神宮境内 /Pentax istDS DA18-55mm/

実は昨年の11月に右足首を骨折してしまい、山はおろかスキーやジョギングすらできない身体なのです。というわけで今年の正月は山に行くことはできず、代わりに熊野と伊勢を目指しました。
熊野本宮大社熊野速玉大社熊野那智大社、そして
伊勢神宮を 巡る正月。那智勝浦や熊野本宮大社周辺は温泉にも恵まれています。骨折した足はまだ時々腫れるのできっと温泉に入りすぎるのはまずいのですが、衝動を抑え られず身体がだるくなるぐらいの温泉三昧となりました。貧乏性ですね。愛知に行く途中にも山梨の下部温泉に寄りました。

神道のこ とをよく知らないので、包括的にやさしく解説している武光 誠著「日本人なら知っておきたい神道」を読みました。神道の最高の境地とは、すべての生きとし生けるものが楽しく過ごす有様「産霊(むすひ)」であると言 います。仏教の悟りに当たるものが産霊であるなら、神道とはなんと緩く穏やかな宗教でしょうか。他の宗教のように戒律がないのも大きな特徴でしょう。しか し、この”緩さ”ゆえ時々の権力者に利用され、仏教との融合を進め、流行によって色々な神様が加えられる、という掴みどころなさを生んでいます。現代では 神社といえばご利益を求めて祈る所です。しかし、神道の本来の姿とは、「自然の恵みに感謝して、自分が住む土地にあまた集まる多くの霊魂(神)をもてなし てまつる」といいます。日本という多様でやさしい自然感をはぐくんだ土地ならではの宗教ではないでしょうか。この本来の姿や産霊という理想像は、僕に神道 をどんな宗教よりも魅力的に見せます。

那智の浜に立って沖を眺めました。とても温かく特に海が静かでした。かつてあの水平線の向こうに浄土があると皆が信仰していた、ということがとても自然なことのように思えました。

ご挨拶

日記代わりにブログを立ち上げてみました。
一体何を語るのか分かりませんが、なぜかTao in the worldというタイトルを付けてしまった。”争うな”と説く老子の教えに一向に近づいていけない自分のことを書くのだろうか。
それもまた自己を省みるのにいいかもしれない。今年からどんどん身の回りに変化が起きてゆきそうな状況なので、時に立ち止まって、Taoを想い、文章を綴り、好きな写真でも載せられたらいいかもしれない。
とはいえ興味の尽きない分野は、山と人間の狭間に生じる葛藤(要は登山やクライミング)、自然との対話(要は人のあまりいない野山を歩いたり、ぼけっとすること)なので、そのあたりの事柄になるでしょう。